日別: 2020年5月3日

ちょっと考えた、ラジオの発言の話と、生活困窮の話。

こんにちは、森のすず社会福祉士事務所です。
『連休も後半』と言われてもピンとこない今年のGW。
いかがお過ごしでしょうか。

心に明りを灯す、お供でありたい。森に響く、仲間に呼びかける鈴でありたい。ぴかっと元気に、森のすず社会福祉士事務所です!

『あの発言から、考える。』

在宅時間が長くなると、暇を持て余すことが増えた。
自然と、ネットを見ることも増えた。

緊急事態宣言による外出をはじめとするさまざまな自粛は、お気楽なわが事務所にも、やはりいろんな影響を与えている。
委託事業や外に出てする事業は、停滞していて、それにより収入減は必須。
とはいえ、開所間もない我が事務所が使えそうな支援制度はなさそうで、速やかなコロナの収束を願い、節約と心の豊かさのバランスを保つ工夫を、有り余った時間を使って生み出す努力をするしかない。

たまに仕事のために外出すると、お客さん激減の中、通常通りに動いているサービスもある。
それはそれで、経費と収入のバランスを考えると厳しいだろう。
だからといって、まったく閉めてしまい営業をストップするのも、当然厳しいだろう。
何にしても、厳しい。

そして何より、先が見えないのが、厳しい。
予定が立たないというのは、本当に人を不安にさせ、絶望へと導く。
新たな生活を始めようとしていた人にとっては、なおさらだろう。
蓄えも少なく、これから頑張ろう!と思っていたりするとなおさらだろう。

現代社会において、お金が底をつくというのは、いろんなものを失うことにつながる。
その先には、自らの尊厳や命までも、失う可能性がつながる。
そこまで、行きつかせてはいけないと思う。

ラジオ番組での、お笑い芸人による、おそらくあんまり深く考えずにされた…しかし、このご時世的にも、現代社会の平等や権利擁護の概念がある中では、さすがにいかがなものかと思われる発言があった話題。
Twitterやネットニュースで、誰が何を言い、ネット社会の反応はどうで、所属事務所や関係各所の対応や、発言者本人とその近しい人のその後の対応について、ちらちらと情報が入ってくる。

モラルを問われること。
人がどのように心の中で思い考えているかは、いわゆる精神の自由として、それは誰にも規制することはできない。
でも、それが口を出ると、そこにはさまざまなパワーが付与され、それに触れた人にゼロから無限の影響を与える。
モラルが問われることにもつながる。

現代社会のなかで生きていく上で、生活のためにはお金が必要だ。
それは、間違いない。
持ち家がない人は、家を借りねばならないし、持ち家がある人は、固定資産税を払うなど、金額はいろいろでもお金はかかる。
水道の水を捻れば飲める水がでてくるが、それでさえも当然お金が必要。電気も、ガスも、料金を払って使うもの。
食べ物も、道端のタンポポばかりを食べて生きるわけにはいかない。そういえば昔、テレビ番組で1か月1万円生活をしていたが、手間暇工夫をこらしてもやはり、現金ゼロで生活することは難しい。
お金がいる。

憲法には、職業選択の自由が記されている。
仕事を選び、お金を稼ぎ、生きていく。
どんな仕事をするかは、個人個人に選ぶ自由がある。
しかし、「生きていけるだけのお金を得る方法として、自分が手にできる方法が限られている」と私は思う。
限られた選択肢から、”自由に”選ぶこと。実際はそういうものだと思う。

人の価値観は、人それぞれだから、Aさんにとって選ぶ余地のないものを、Bさんは喜んで選ぶかもしれないし、Cさんは仕方なしに選ぶかもしれない。
そしてCさんの「仕方なしに」という理由には、Cさん自身ではどうしようも動かせないものかもしれないし、動かせるけれど妥協して受け入れる理由かもしれないし、さまざまだ。

しかし、先日からネットをにぎわし、いろんな人がコメントをしている発言は、女性が仕方なしに選び短期間でまとまったお金を稼ぎ辞めていく、ということの背景に、「コロナで普段の仕事では生活費が稼げなくて、仕方なく選ぶ」という、その『仕方なしさ』に含まれる感情を、発言された時点では思いもされなくて、世間が反応したのだろう。

世の中には、いろんな考え方をする人がいる。
全員の考え方が、モラルが高く、道徳の教科書にのっているかのようであるわけではない。
芸能人だといって、全ての人が清い気持ちをもち、他人の悲しみや苦労に親密になれるわけではないだろう。
振り返ってみると、清い心を持っていてほしい職業の人でも、他人を性的視点において傷つけるようなことをする事件は、時々起こっている。時々??しばしば?どうなんだろうか。

人としての価値は、本来は人が固有に持っている、基本的人権そのもので、同じ社会で一緒に生きていく仲間として、それぞれは大切な一人ひとりなんだと思う。

しかし、価値を考えると、「市場的・金銭的な価値」という考え方も浮かぶ。
今の世の中で、マスクは相当な価値がある商品だし、ホットケーキミックスも価値が高い・・・。

では、人について、そのような金銭的価値・・・それを考え、しかも、性的な部分での優劣をわせる価値を付け、それを我がものとして利用する話を発信すると、社会のモラルは反応するのも当然だと思う。

しかし、今の、このコロナでアルバイトも減ってしまった状況を考えると、何にしろ不本意なものでお金を得るしかない人もいるんだとおもう。
正直なところ、福祉がこんなとき、どう役に立つのかはわからない。
制度があればそこにつなげることもできるが、制度を利用できない人もいるだろうし、だからといってお金を借りるあてがない人がいたら、どうすべきか即答がむずかしい。
どうしようか考えている間にも時間は立ち、生活にはお金が必要はことはかわりなく、その金額は日に日に蓄積されていく。

私としては、ラジオでされた発言は、失言として反省され、今後の発話や表現、そしてそれの基になるであろう、他者への考え方に良い方向の変化があればいいと思う。
世の中には、それは絶対許されないと考える人もいるだろうし、考えを改められるのであればそれで良しと思う人もいるだろう。
そのあたりは、世相がどういうふうに動くのかは見てみたいとは思う。

しかし、個人を批判することで、あいまいにしてはいけないことがあるとおもう。
今回の発言は、個人の性的嗜好に基づいた、本来は心の中だけで思うレベルにとどめておくものが、外に流れ出て、問題となった。
でも、実際問題として、お金に困って働く人はいる。
そして、コロナのせいでなくても、これまでも、女性の尊厳を軽視や無視した形や、それしか方法がないような実質自由のない自己決定として、働く人はいる。
心の中で、もしくは有名人じゃないから大声で言える手段がないだけで、「若くてかわいい」を商品価値として消費しようとする人は、いるだろうな。
だからこそ、働き口としての需要があるわけなのだから。
1人だけを、叩いても、直接の解決にならない部分がいろいろある。

コロナの影響による生活困窮は、すでに始まっている。
皆にもらえる10万円で補填できる生活費は限られている。
自粛はもうしばらく続く。
その間、生活費に困った人が、自己の尊厳を犠牲にせずに、生きていくにはどうしたらいいか。
もちろん、自己の命を犠牲にせずに、生き延びるためにも、どうすればいいか。

私は残念ながら、制度を作る決定権は持ち合わせてはいないのだけれど、社会福祉のために、今、何を、私たちシャルワーカーはすべきなのか。

ソーシャルアクションをどうすべきなのか。

考えたい。

とにかく、お金は大切だ。
我慢しろといわれても、ないのなら、どうしようもない。
「サービス提供者側はお金徴収するのも我慢しろ」と言われることはないだろうから、困窮状況に陥っている人に対しては、生活するためのお金や手段を、何とかしなければならない。
守らねばならないと思う。命も、尊厳も、未来も。