社会福祉士 森保

社会福祉士です。 好きな食べ物は、豆カレー。 でも嫌いな食べ物はなく、食べられるものはだいたい好き。

『人の社会は疲れる…』っていう時の話。

今年も、1ヶ月がもうそろそろ過ぎていき、正月気分なんかはすっかり抜けて、日常になった。
コロナ禍も、巨大な波がきていて、ストレスや不安は増大するばかり。
そんな毎日の中の、独り言を書いておこう。
誰かのためになるといいとおもうし、ならなくてもいいとおもうし。
「いろんな考えの人がいるんだな」と思う、例のひとつ。
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価値観は人それぞれだし
相手を変える事もできないし
自分が避けて通ってすむのなら避けたい。
相手が「良かれ」と思ってやってることや、「これぐらいはいいだろう」と思ってやっていることで、私の価値観と合わない場合、それが、私に実害を及ぼすのなら、向き合うべきだろうけど、
それが、いわゆる私のプライド的な部分に触れて精神的なダメージで済むぐらいなら、スルーする方が賢いのではないかと思う。
自分の為にも、お互いの為にも。
でもまぁ、内心は、シンドイ・・・ということがある。
「はぁぁぁ???? どういうつもり????」と思う気持ちを、自分で『まぁまぁまぁ、そんなの思うだけ無駄。体力の無駄。時間の無駄。』となだめるのすら、時間の無駄な気がして、なんだかなぁと思うこともある。
たぶん、誰にでも多かれ少なかれ、あるんだろうと思う。
そこで、人と真っ向勝負でぶつかる人もいれば、
我慢してグズグズを残しながらも今はあきらめる人や、
うまくスルーして気にしない方向に処理できる人もいたり、
まぁ、人によっていろいろだし、場面にも応じて色々だろう。
いろんな人が居る世の中で、
いろんな感受性と、文化と、習慣があるのだから
そうなるよねーって感じ。
結局、
「人付き合いをそこそこにする力」ってたぶん大事。
人が言うことを、見て見ぬふりすることも大切。
学校では、その真逆を求められるし、『みんな仲良く』とか『わかりあう』を前提にするけれど、実際は難しい。
最近、同時進行でいろいろ読んでるので、なにに書いてあったのか思い出せないけど、
他者への無関心を装うことは、「私はあなたにとって危害は加えませんよ」ということの表示だ、
ということを読んだ。
なるほどな、と思う。
逆に言うと、関心あるように振る舞ってしまうと、場合によっては「おまえ、何、こっちみとるねん。めんちきりやがって(←これって、方言?標準語?)」みたいな展開になる可能性もあり、平和が崩れることにもなりかねない。
見ていて、見ていないふりをする。
見たけれど、見なかったことにする。
それは、学校で習う道徳のレベルでは、良くないことだと教えられるけれど、適度のその技を使うことは、社会の中では必要なことなんだろな、と思う。
大事な時には、スルーしない。
大事じゃない時には、スルーする。
気づかないふりをするのも、やさしさになることがあるし。
気づかないふりをすることが、加害になることもある。
何が大事か大事なのかの線引きが、難しいし、そこに「自分の大事なプライドが傷ついた!」という話も加わり、より一層難しくなるんだけど。
でも冷静に考えると、実害がない場合で、結局自分だけがグズグズ考えて時間をすごしているのこそが、もったいない。
自分の時間の使い方が決められる場合に、それを無駄につかう選択を無意識にでもしちゃってるのは、もったいない。
避けることは大切。
何にしても
「難を避ける」のを考えるのは大切。
嫌な事ばかり考えてるな・・・と思ったら、疲れてるのかもしれないから、ちょっと休んでみよう。
1時間でも、15分でも、チョコレート一つ分でも。