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本の紹介『災害の人類学 カタストロフィと文化』

【読書の記録3】
今年、阪神淡路大震災から30年で、能登半島地震から1年で、新年から震災のニュースが多く、どうも気持ちがざわざわする。
ざわざわするな、と思いつつ、ここのところ立て続けに災害関連の本や資料を読んでいるので、より一層、ざわざわする。
さて、「災害の人類学」の1~3章と11章あたり。
私にとって『人類学』自体が未知の学問なので、この本の目指すところの大きな部分の基礎がない気がするものの、著者のホフマンとオリヴァー=スミスの名前が他の本で頻繁に出てくるので、Amazonで探して古本として手に入れた本。
書いてあることは、ごく簡単に言ってしまうと、災害というのは「地震」とか「台風」とか「洪水」などの出来事というわけではなく、組織とか社会全体を見るだけでなく、そこに人の文化や民族や暮らしや差別の在り方などを見なければ、被害を減らすことにつながらないのですよ、という感じ。
つまり、災害について考えるなら人類学の視点が必要ですよ、という話かと思う。
各章では、災害は、普段はあまり見えてこない、社会の中の欠陥を浮かび上がらせるという考えから、5章以降ではチェルノブイリ原発事故や干ばつなどを取り上げて、そこに住む人の暮らしや文化について考える視点で災害や対応について説明されている。
ところで、日本では防災や災害支援というと、想像するのは地震や洪水などの自然災害だが、この本では、チェルノブイリ原発事故を始め、テクノロジーがもたらす災害についても触れられている。
自然(とはいえ、自然は自然のままではなく、もはや人が手を入れている部分は多いが)の猛威にしろ、人為的なものにしろ、いずれにせよ、「災害」と言われる状況になると、その影響で辛い生活になるのは、みんな平等ではなく、経済格差や性別や年代や民族や人種によって偏って現れるのだから、何にしろこれまでの出来事から、社会の在り方を見直し、生活や人に関する様々な仕組みを考え直すべきではある。
そして、災害で注目すべきは、起こった(主に自然現象的な)出来事だけではなく、その前後も続く人々の暮らしぶりを考えることだと、つくづく思った。
そこで思い出したのは、何かの本に書いてあって思ったこと…その終わりを明確に区切るのは難しそうだが、例えば地震が起こって全てが変わってしまったあとの瞬間からしばらく経ち「震災から〇カ月」などと言うとまるでその瞬間だけが災害に思え、過ぎ去ったことのようにおもえるが、その後からずっと災害の過程は続いている。
復興完了時には、その出来事が起こる前の状態にもどるわけではなく、おそらく多くの人の人生も変化しているし、何が真の復興完了なのかはわからないが、少なくとも阪神・淡路大震災を直撃ではない者の間近で経験した者としては、今年の「阪神・淡路大震災から30年」というのは、経過点の一つで、まだまだ考えないといけないことがあるんだと思う。
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スザンナ・M. ホフマン (著), アンソニー オリヴァー=スミス (著)
出版社 ‏ : ‎ 明石書店 (2006/10/30)
発売日 ‏ : ‎ 2006/10/30
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本 ‏ : ‎ 327ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4750324221
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4750324227